拓 ISSN 1348(cid:1)8384 殖 大 学 語 学 研 究 第 一 一 六 号 2 0 0 7 ・ 12 (cid:1)(cid:2)(cid:3)(cid:4) 拓 殖 大 学 言 語 文 TakushokuLanguageStudies 化 研 (cid:1)(cid:2)(cid:2)(cid:3). (cid:4)(cid:1) 究 (cid:4)(cid:4)(cid:5) 所 No. 拓殖大学 語学研究 2007年12月 第116号 目 次 (cid:1)論 説〉 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の軽卑語 意味分類を中心にして ……………………………荒木 雅實 ( 1 ) 英米語の副強勢について …………………………………友部 隆教 (25) グアテマラとメキシコ国境地域の言葉遣いと 語彙に見られる類似性………ヘオルヒナ・ロメロ・デ・涌井 (65) (cid:1)研究ノート〉 幕末維新在ブルックリン (NY州) 日本人留学生関連資料集成及び考察 (2) BrooklynDailyEagle紙掲載記事 “OurJapanese Students” (ブルックリン在住日本人留学生)の 概訳と関連情報 ……………………………………塩崎 智 (123) 教学札(cid:2) ………………………………………………………大方 高典 (155) (cid:1)資 料〉 ボゴタのスペイン語の語彙 マドリードのスペイン語の語彙と比較して ……浦和 幹男 (165) 中華人民共和国における 文字改革の推移日誌 (その8) ………………………田中 信一 (213) (cid:1)紹 介〉 言語学の姿勢…………………………………………………松本 幹男 (281) Takushoku Language Studies No. 116 Contents (cid:1)Articles〉 Vulgarwordsin“theJapanese-PortugueseDictionary TranslatedintoJapanese”, FocussingonClassifiedAnalysisonTheirmeanings ………………………………………ARAKIMasami ( 1 ) OnSubordinateStress inBritishandAmericanEnglish …………TOMOBETakanori (25) TheSimilitaryoftheSpeechPatternsandLexicon usedontheMexicanandGuatemalanBorder: ItsOriginfromtheMayanCulture(PartⅡ) …………………GeorginaRomerodeWAKUI (65) (cid:1)StudyNote〉 HistoricalSourcesonJapaneseStudentsinBrooklyn (NY) inEarly 1870’sandSomeComments (2): “OurJapaneseStudents”inBrooklynDailyEagle …………………………………SHIOZAKISatoshi (123) NotesonTeachingandStudying………………OHKATAKohten (155) (cid:1)Material〉 Ell(cid:1)exicodelhablacultaenBogot(cid:1)a comparadoconeldeMadrid ……………………URAWAMikio (165) TheDiaryinChronologicalOrderoftheReform inChineseCharacterinthePeople’sRepublicofChina …………………………………TANAKAShinichi (213) (cid:1)Introduction〉 LinguisticAttitude ……………………………MATSUMOTOMikio (281) ―1― (cid:1)論 説〉 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の軽卑語 意味分類を中心にして 荒 木 雅 實 キーワード:見出し語, 軽卑語, 意味分類 は じ め に (cid:510)日葡辞書(cid:511) の研究は, 森田武をはじめ多くの人によって研究がなされ ているが, その中の軽卑語及び軽卑表現についての研究は見られない。 そ こで (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) を使用して, 軽卑語の 「意味分類」 の実態を見よう と思う。 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の翻訳については, 森田武が (cid:510)日葡辞書提要(cid:511) でも述べているように, 誤訳もあるようだが, その多くは忠実に翻訳して いるということである。 したがって, そのまま使用することにした。 今回 は, 本辞書の軽卑語を概観し, その意味的な分類を考察したい。 Ⅰ (cid:510)日葡辞書(cid:511) について ここで扱う (cid:510)日葡辞書(cid:511) とは, (cid:510)国語学大辞典(cid:511) によれば, 長崎で慶長8 年 (1603) に本編, 翌9年に補遺が作られ, これを綴合したものであると いう。 イエズス会宣教師と日本語に精通した日本人の協力を得て作成した ものと言われ, 具体的な編者名・著者名は現在も不明であるという。 この ―2― 辞書は, 外国人宣教師の日本語修得を助けるために作られたものである。 この他, ジョアン・ロドリゲスの (cid:510)日本大文典(cid:511) や (cid:510)天草版伊曽保物語(cid:511) (cid:510)天草版平家物語(cid:511) 等々があり, 語学教育に必要な 「辞書・文法書・教科 書」 の三書が揃えられている。 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の解題には, 本編25,967語, 補遺6,831語で, 本編と 補遺との重複を除くと, 総数32,293語が収められていると言う。 キリス ト教の布教活動が目的であるから, 「仏教用語」 はあまり採らない方針で あると言っていながら, 仏教用語も約150語採用しているという。 布教に あたっては, いわゆる悪い言葉の使用は考えられないが, 「卑語」 は約90 語採用しているともいう。 ここでいう 「卑語」 とは, 卑俗な語ということ で, 「軽卑語」 ではない。 その他, 宣教師が日本人の話を聞いて理解しな ければならないので, 「方言」 「詩歌語」 「文書語」 等々, 幅広く採ってい る。 (cid:510)日葡辞書(cid:511) は, 「耶蘇会式ローマ字綴り」 の方法で書かれていると言う。 これには, 「葡語式綴り字」 にない表記もあるようである。 いずれにして も, ローマ字で表記されているということは, 当時の 「発音」 が分かり, これほど貴重な資料はない。 発音の分かる時代は, 現代を除けば, ローマ 字で書かれたキリシタン資料の時代である。 上代特殊仮名遣の見られる奈 良時代も分かるとは言っても比較にはならない。 そうした意味で, キリシ タン資料は, 大変ありがたいものである。 その他, 現代語との 「意味」 の 相違についても知ることができる。 残念ながら, アクセント表記はないが 「開音」 「合音」 についての記号は付されている。 筆者にとって, 不都合だっ たのは, 葡語で書かれていることである。 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) が出る前は, (cid:510)日葡辞書(cid:511) の仏語訳 (cid:510)日仏辞書(cid:511) (レオン・パジェス) のお世話になって いた。 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の出現は, 大変ありがたいものであった。 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の軽卑語 (荒木) ―3― Ⅱ 軽卑語について 敬語は, 簡単には 「尊敬」 「謙譲」 「丁寧」 のように分類できるが, 軽卑 語については単純には分類できない。 岡田正美は, 「敬」 「平」 「謙」 「傲」 「卑」 の5種類に分類している。 「傲」 「卑」 が軽卑語で, 「傲」 は 「俺様」 「ゆるしてやる」 の類, 「卑」 は 「てめえ」 「ぬかす」 の類である。 「平」 は 普通語, 「敬」 は尊敬語, 「謙」 は謙譲語を意味しているようである。 また, 大石初太郎は, 「広義待遇語」 を 「品格語」 と 「狭義待遇語」 に 分け, 「狭義待遇語」 は, 「敬語」 「対等語」 「軽卑語」 「親愛語」 に分類し ている。 「軽卑語」 は, 以下の通りである。 参考までに, 具体例も記す。 単純軽卑語A 一般軽卑語 尊大軽卑語A 軽卑語 単純軽卑語B 聞手軽卑語 尊大軽卑語B 対応軽卑語 単純軽卑語A=ヤロウ, キャツ。 尊大軽卑語A=テヤル (cid:504)使役形(cid:505) 単純軽卑語B=オマエ, テメエ。 尊大軽卑語B=オレ, ワシ 対応軽卑語 =オイ, ヤイ。 筆者は, かつて 「悪態表現の意味分類」 について考察したことがあるが, そこでは 「悪態表現」 を 「ぞんざいな言い方のもの」 と 「軽卑な言い方の もの」 とに分けた。 「軽卑な言い方のもの」 を以下のように分類した。 ―4― 自分を高めるもの 尊 大 間接的に軽卑するもの 憎しみ 強く軽卑するもの 脅 し 直接的に軽卑するもの 普通に軽卑するもの 非 難 弱く軽卑するもの からかい 基本的には, 今回も筆者の分類によって, 処理するのが建前であるが, 今日いささか考えが変わってきており, また, 扱った資料が辞書というこ となので, 今回はこの分類を採らないことにした。 例えば, 意味の 「憎し み」 は要再考である。 これについては, 後日に残す。 さて, 岡田の分類では, すべてを処理するには充分ではない。 また, 大 石の分類は, 大方は納得できるものではあるが, 「一般軽卑語」 「対応軽卑 語」, 「単純軽卑語AB」 と, 即座に理解できない点で充分とは言えない。 また, 今回は, 辞書の 「見出し語」 を扱うために, 場面の設定がない。 そのため, 「一般軽卑語」 なのか 「聞手軽卑語」 なのかも分からないので, 参考にはするものの, 今回は 「意味分類」 には使用しないことにした。 今回は, あくまでも軽卑する場合に使用されると目される 「見出し語」 を抽出した。 したがって, 単なる 「ぞんざい」, 「脅し」, 「憎しみ」 等の語 は採っていない。 筆者が軽卑に拘わると判断し抽出した語彙数は, 2,033 語である。 総数が32,293語であるから, 軽卑に拘わる語は, 約6.3%とい うことになる。 耶蘇会で作っただけあって, 軽卑語は少ないようである。 Ⅲ (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の軽卑語 前述のように, 筆者が抽出した語彙は, 2,033語であるが, これはあく までも軽卑表現に拘わる語彙と判断したものである。 今回は, 紙数の関係 もあって, そのすべてをあげることはできないが, 大きくどのように 「意 (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の軽卑語 (荒木) ―5― 味分類」 ができるかを考察したい。 なお, 今泉忠義の (cid:510)日葡辞書の研究 語彙(cid:511) では, 15項目に分類しているが, 「軽卑語」 の項は立てていない。 神仏語彙, 切支丹用語, 文語, 歌語, 婦人語, 方言, 擬声語・擬態語, 食物, 医薬疾病, 鳥獣草木虫魚名彙, 茶の湯, 水上語彙, 立花用語, 遊技名彙, 固有名詞 また, 語彙に 「卑語」 という註が付されているものがあるが, 軽卑表現 に結びつくとは限らないので, 選別して採っている。 例えば, 「ベベノコ (べべの子:子牛。 卑語)」 等は, 採らなかった。 一方, 「ヒダリギッチャゥ (左ぎっちゃう:左利き。 卑語)」 は軽卑表現の可能性ありとした。 最初に, 大きく 「人に対する軽卑」 と, 「人以外に対する軽卑」 とに分 類した。 「軽卑表現」 は, 基本的には 「人」 に対するものだが, 例えば, 「アクボク (悪木)」 等は, 「木」 に対するものなので, 別項目にした。 表記については, ローマ字を使用したかったが, ポルトガル語のソフト を持っていないこともあり, カタカナ表記に統一した。 (cid:1) 人に対する軽卑 今も昔も, 人々の生活は一様ではなく, 「職業・居住地・年齢・言葉」 「身分」 等の違いがあり, 語彙の 「意味分類」 は簡単ではない。 なお, ここで扱われる語彙の中には, 今日, 使用禁止の用語が見られる が, 研究の一環であるという理由からそのまま取り上げている。 A. 他の人よりも知識・技術・能力等が劣るもの 「軽卑表現」 では, 今日にあっても同じであるが, 知識がない, 能力が ない, 技術が不足している等によって, 相手または相手方を軽卑するのが 常である。 以下に用例をあげるが, こうした用例は他にも数多く見られる。 ―6― アクヒツ (悪筆) ブサイク (無細工:手が不器用である) フノゥ (不能:技量を持たず, 能力もないこと) ゲヒツ (下筆:下手な文字) センチ (浅智:貧弱な知恵) B. 良くない人・者等のもの (cid:504)Ⅰ(cid:505) 種々の点で, 「良くない, 悪い, 劣る」 と言った人々について分類した ものである。 紙数の関係で, 用例は3例ずつ上げることにした。 ① 言動の悪い者 ヒトカドイ (人勾引:だましたりさらったりしてその人を連れて行 く者) ヒトコロシ (人殺し:人を殺すことの好きな残忍殺伐な人) ツジギリ (辻斬り:夜, 辻道で人を殺しながら歩き回る者) ② 性格・心がけの悪い者 アダビト (徒人:移り気な人) カンジン ((cid:1)人:底意地の悪い人, 偽りだます人) ヒョウリジン (表裏人:陰険で悪意のある人, うそつきで口ではこ れこれだと言いながら, 心では別のことを考えてい る人) ③ 身分の低い者 カセモノ (悴者:下級の武士等) ゾゥヒョゥ (雑兵:下級の兵士) センジョ (賤女:卑しい下層の女) ④ 職業としてはよくない者 ヒトアキビト (人商人:人身売買の取引をする人) スリ (掏摸:盗人, 金着切り) (cid:510)邦訳日葡辞書(cid:511) の軽卑語 (荒木) ―7― シモオトコ (下男:身分の卑しい奉公人の男) ⑤ 見かけの悪い者・不具な者 ハヌケ (歯抜け) イザリ (膝行:両手を使って地面を進む不具者) メダレ (目爛れ:目やにだらけの者) ⑥ 貧乏な者 フベンジン (不弁人:貧しい人) ブリョクジン (無力人:貧しい人) カジケヒト (悴け人:貧乏で困窮している人) ⑦ 馬鹿な者 バカ (馬鹿) バカモノ (馬鹿者) アハゥ (阿房:愚かな人, 馬鹿者) アハゥナモノ (阿房な者) アヤカリ (あやかり:馬鹿者) アヤカシ (あやかし:馬鹿者) アンガゥ (鮟鱇:阿呆, 馬鹿者) ハマアキ (はまあき:馬鹿者) ハナダラ (洟だら:馬鹿者) ホゥケモノ (耄 け者:馬鹿者) タワケモノ (戯け者:馬鹿者) ツママレ (撮まれ: 馬鹿者, 愚か者) ヲドケモノ (おどけ者:大馬鹿者) シレモノ (痴 者:自分の勇敢さに自惚れ, 礼儀を守らないで傲慢不遜に振る舞っ たりする者) ハナダレ (洟垂れ:鼻水を垂らしている人。 馬鹿者) ムガンス (無眼子:仏法・悟りに無知な, 愚かな人) モノシラズ (物知らず:無学無知の無思慮な愚か者) ダイグニン (大愚人:非 常に愚かで無知な人) ⑧ 知識・分別・技術等のない者 グハイ (愚輩:知恵の浅い者) ムノゥシャ (無能者:技芸や技量のない人) ムヒツ (無筆:字を書くすべを知らない人) さらに分類できないわけではないが, 特に目立った項目を取り上げた。 また, ⑦の 「馬鹿な者」 は, 軽卑語を扱っている関係から, すべての語彙
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