Acta arachnol., 48 (1): 49-55, July 31, 1999 クロ ボ シカ ニ グ モXア5∫ ∫c〃5酵24〃5Paikの 幼体 発 育 と 卵 の う産 出 宮下 和喜1) Kazuyoshi Miyashital~: Nymphal development and egg sac production of Xysticus bifidus Paik Abstract In rearings under a seminatural condition, the female of Xysticus bifrdus Paik produced 2-3 egg sacs at intervals of about 1 month during her life lasted for 84.2 days on the average. The average of total egg number produced per female was 181.8. The 2nd instar nymphs, which emerged from 1st egg sac of a female during the period from June to early July, developed to abults in August and September under a seminatural condition. However, those which emerged from 2nd egg sac of the same female during the period from August to September overwintered at different instars including subadult, and developed to adults in April and May of the following year. From the above described results and other available information, it was considered that the field population of this spider consisted of 2 groups having biannual and annual life histories. 緒 言 Ono(1988)に よると,ク ロボシカニグモ み5∫蜘5ゐ朔 π5Paikは わが国では本州と四 国*,外 国では韓国,中 国およびモンゴルに分布し,地表面や下草の上で生活しているが, 水田でもよく採集されるという.千 葉県我孫子市内の私の住居附近では水田畦畔や雑草 地を捕虫網で掬うと,獲 れてくるカニグモは大抵このクモである.こ のように,こ のク モは我孫子市内ではごく普通に見られる種であるにもかかわらず,そ の生活史や生態が 詳しく調べられたことは,無 いらしい.そ こで私は,こ のクモの生活史を考察してみる 目的で,幼 体の発育経過と雌成体の卵のう産出経過を飼育によって調べてみた。以下に その結果の大要を報告する. 材料と方法 飼育した幼体:第1回 目の飼育幼体は,1996年 の8月10日 に採集した雌が8月13日 に産出した第1卵 のうより8月23日 に出のうした2令 幼体,お よび9月4日 に産出され た第2卵 のうより9月21日 に出のうした2令 幼体の中より,それぞれ18匹 と12匹 を手 1):〒270-ll32千 葉県我孫子市湖北台10-17-19 10-17-19,Kohokudai,Abiko-shi,ChibaPref.,270-1132Japan. 1998年12月22日 受理 *北 海道 ,九 州にも分布する 50 宮下和喜 当り次第に選んだものである.第2回 目の飼育個体は,翌 年の6月1日 に採集した雌が 6月7日 に産出した第1卵 のうより6月26日 に出のうしたもの,お よび7月7日 に産出 した第2卵 のうより7月22日 に出のうしたものを,第1回 目の飼育の場合と同様にして 16匹 ずつ選んだものである.こ れらの幼体は,直 径2.3cm× 高さ4.8cmの 蓋付きガラス ビンに1匹 ずつ収容し,2回 脱皮後は直径3.5cm× 高さ7.5cmの ビンに移し,脱皮を記録 しながら成体になるまで飼育した.小型のビンには巾3mm× 長さ25mmほ どの,大型の ビンには巾6mm× 長さ40mmほ どの薄手のプラスチック板の短冊を,ク モの足がかり として入れた。 飼育した雌成体:第1の グループは,こ の種の雌が最大どのくらい多く産卵するかを 調べてみる目的で,1996年 の5月5〜10日 に野外で採集した9匹 の亜成体の中から体の 大きかったもの4匹 を選び,飼 育して成体にしたものである.こ れらは,野 外で採集し た雄成体と交接させた後,卵 のうの産出経過を記録しながら死亡するまで飼育した.第 2の グループは,少 しずつ時期をずらせて野外で採集した雌成体がどのように産卵する かを調べてみる目的で,1996年 の5月13日 から7月23日 の間に適当な間隔をおいて採 集した7匹 である.こ れらは,そ れぞれの採集日に最初に獲れた個体であって,体 の大 きなものを選んではいない.こ のグループも,第1グ ループと同様に卵のうの産出経過 を記録しながら死亡するまで飼育した.供 試個体は,直 径3.5cm× 高さ7.5cmの ガラス ビンに1匹 ずつ入れ,ビ ン中には巾6mm× 長さ40mmほ どのプラスチック板を置いた. 餌条件:幼 体への給飼は,1〜2日 おきに行った.与 えた餌は,水 田畦畔や雑草地を捕 虫網で掬って得られたユスリカ,カ,ハ モグリバエ,ウ ンカとヨコバイの幼 ・成虫,シ ョウジョウバエ,タ ネバエ,カ ラバエ,イ エバエであるが,若 令のうちは小型なものを 毎回5〜6匹,そ れ以後発育の進んだものには体の大きさに見合った餌を1〜3匹 ずつ与 えた.た だし,越 冬期間中の12月1日 より翌年の3月5日 までは,給 餌を中断した.雌 成体の場合は,上 記 と同様にして得られたウンカとヨコバイの幼 ・成虫,タ ネバエ,カ ラバエ,イ エバエを単独または2〜3種 混ぜて与えた.給 餌間隔は,両 グループとも1日 おきであったが,第1グ ループには降雨や強風で野外の餌昆虫が獲れなかった時でも, 室内で飼育していたショウジョウバエを2〜3匹 与えるようにした.し かし,第2グ ルー プには野外で餌昆虫が獲れなかった時には餌を与えなかったので,2〜4日 欠食すること がしばしばあった.し たがって,餌 条件は第1グ ループより第2グ ループの方が,よ り 野外のそれに近かったと思われる.な お,雌 は産卵から幼体の出のうまでの間卵のうを 抱いて保護するので,こ の期間中の給餌は両グループとも中断した. 温湿度条件:飼 育ビンを置いた場所は,私 の家の暖冷房の無い1室 の直接日光の当ら ド ぬ場所である.し たがって,気 温は野外のそれにごく近いものであったが,冬 期(ll月 より翌年の3月 中頃まで)の夜間は室の窓を閉めたので,野 外より2〜3度 高いことがし ばしばあった.湿 度は特に調節しなかった.し かし,全 飼育期間を通じ,小 型ビンには 5mm×5mmほ どの,大 型ビンには5mm×10mmほ どの水を含ませたろ紙またはクッ キングペーパーを給餌時に内壁に貼 りつけておいたので,ビ ン内の湿度はいつもかなり 高かったと思われる.た だし,越 冬期間中(12月1日 〜翌年の3月5日)で の水を含ま クロボシカニグモの幼体発育と卵のう産出 51 せた紙の張 り替えは,ほ ぼ10日 ごとに行った.電 燈は全く点燈しなかった. 結 果 幼体の発育経過:図1は,1996年 の8月 と9月 に1匹 の雌が産出した第1卵 のうと第 2卵 のうより出のうした2令 幼体と,翌 年の6月 と7月 に同様にして1匹 の雌が産出し た第1卵 のうと第2卵 のうより出のうした2令 幼体の,発 育経過を示したものである. 飼育の途中で死亡した個体は,図 中に示さなかった.ま ず,こ の図の右側上段をみると, 6月 に第1卵 のうから出のうした幼体は,雄 雌とも4〜5回 の脱皮をして7月 下旬から8 月中旬にかけて成体になっている.こ れに対し,ほ ぼ1ヶ 月遅れで7月 に第2卵 のうよ り出のうした幼体は(右側下段),雄 では4〜5回,雌 では4〜6回 の脱皮をして8月 下旬 から10月 上旬にかけて成体になっている. っぎに図の左側上段をみると,前 年の8月 に第1卵 のうより出のうした幼体は,雄 雌 とも大部分が3〜4回 の脱皮をした亜成体で越冬し,翌年の4月 から5月 にかけて成体に なっている.ま た,雌 の1匹 は亜成体になる前の令期で越冬に入っている.第1卵 のう よりほぼ1ヶ 月遅れの9月 に第2卵 のうより出のうした幼体は,亜成体になる1〜2令 前 図1.同 一雌の産出した第1卵 のうと第2卵 のうより出のうした2令 幼体の飼育条 件下での発育経過. Fig. 1. Developmental processes of 2nd instar nymphs emerged from 1st and 2nd egg sacs produced by the same female in 2 different seasons under rearing conditions. 52 宮下和喜 の令期で越冬に入り,翌 年の5月 に成体になっている.成 体になるのに要した脱皮回数 は,雄 で4回,雌 で4〜5回 であった.要 するに,6〜7月 に出のうした幼体は年内に成体 になれるが,8月 以降に出のうしたものは発育途中で越冬に入るので,翌 年の春にならな いと成体になれない.ま た,越 冬はいろいろな令期で行なわれ,特 定な令期に限られる 訳ではなかった. 雌の卵のう産出経過:図2は,雌 成体の飼育条件下での卵のう産出経過を示したもの である.図 の上段は,第1グ ループとして野外採集の亜成体を飼育して得た雌成体に野 外採集雄を交接させたものの,卵 のう産出経過である.5月 に成体になったものは,一 生 の間にほぼ1ヶ 月の間隔をおいて3〜4回 卵のうを産出し,秋から冬の初め頃まで生存し た.産 出順位にしたがった卵のう当り卵数(出 のう幼体数で代用,以 下同)の 平均値と その標準偏差を計算すると,第1卵 のうでは116.3±21.0個,第2卵 のうでは67.8±15.1 個,第3卵 のうでは33.0±7.7個 となった.ま た,1雌 が一生の間に生んだ総卵数の平均 値 と標準偏差は,226.5±26.1個 であった.生 存期間の平均値と標準偏差は,158.0±37.3 日であった.要 するに,発 育の良い(体 の大きい)雌 は,良 い餌条件下ではほぼ5ヶ 月 も生存し,こ の間に230個 ほどの卵を3〜4回 に分けて産むといえる. 図2の 下段は,第2グ ループとして5月 から7月 にかけてのいろいろな時期に野外で 採集した7匹 の雌成体の,卵 のう産出経過を示したものである.こ れらの雌の中には交 図2.亜 成体より飼育した雌成体と野外採集雌成体の飼育条件下での卵のう産出経 過. Fig. 2. Egg sac production processes of females under rearing conditions: upper 4 rows show the results obtained from the females collected at subadult stage and lower 6 ones from the females collected at early adult stage from the field in different seasons. クロボシカニグモの幼体発育と卵のう産出 53 接前に採集されたためか不受精卵を持った卵のうしか産出しないものがあったが,そ れ らを除くと,卵 のうの産出回数は2〜3回 で,第1卵 のうの卵のう当り平均卵数 とその標 準偏差はlll.2±23.5,第2卵 のうのそれらは60.6±17.3で あった.1雌 が一生の間に産 んだ総卵数の平均値とその標準偏差は,181.8±36.0で あった.生 存期間の平均値と標準 偏差は84.2±19.8で あった. 第1グ ループの産卵前期間(成 体になって第1卵 のう産出まで)は25〜30日,平 均値 は27.8日 であった.し かし,交 接させたのは成体になってから9〜18日 も後なので,も う少し早 く交接させていればこの期間はもう少し短か くなったと思われる.供 試した4 匹とも交接後13〜14日 でそろって産卵しているからである.第2グ ループの産卵前期間 は14〜29日,平 均は19.6日 であった.し かし,供 試個体は成体になった日に採集されて はいないので,実 際の期間はもう少し長いはずである.そ うすると,実 際の産卵前期間 は両グループのそれの中間のどこかになるはずであるが,両 方の平均をとった23.7日 を 実際の産卵前期間としても,大 きな違いはないだろう.卵 のう産出から幼体出のうまで の期間を両グループについて調べてみるとll〜29日 で,平 均値は17.6日 になった.上記 の産卵前期間にこの平均値を加えると41.3日 になるが,こ れは雌が成体になってから第 1卵 のうを産出し,そ れから2令 幼体が出のうしてくるまでの平均的な期間の長さと考 えてよいだろう.受 精卵だけを持った第1と 第2卵 のう間の産出間隔は7〜16日,平 均 値はll.1日 であった. 考 察 秋田(1979)は,オ オヤミイロカニグモ抑5∫∫c〃35αg伽〃3Boes.etStr.幼体の眼間巾と 背甲巾を測定し,令 期は8令 あったと記している.本 調査でのクロボシカニグモは,こ れに比べると幼体の令期数は少なく,少 数が7令 を経過(出 のう後6回 脱皮)し たが, 大部分は5〜6令 を経過して成体になった. 大熊(1977)は,福 岡市の水田地帯でスイーピング調査をし,ク ロボシカニグモは2令 幼体が6〜ll月 にわたって見られたがピークが7〜8月 だったので,年1世 代の発生だと 思われる,と 記している.国 立科学博物館の小野展嗣博士は1997年5月6日 付の私宛私 信で,ヤ ミイロカニグモ拘3'蜘5070cθ 〃5Foxは 年1世 代の生活史をもつが,ク ロボシカ ニグモは年2世 代の生活史をもつ可能性のあることを教えて下さった. 2年 間にわたるクロボシカニグモの飼育調査から,本種の幼体の発育経過は,出のう時 期により異なることが明らかになった(図1).6月 下旬に出のうした幼体は7月 下旬〜8 月中旬に,7月 下旬に出のうした幼体は8月 下旬〜10月 上旬に成体になる.一一方,8月 下 旬および9月 下旬に出のうした幼体は年内には成体にならず,翌 年の春に成体になる. このように,繁 殖期の前半に出のうした幼体は年内に成体になるが,後 半に出のうした 幼体は翌春まで成体にならない.年 内に成体になるかならないかの境目は,7月 下旬から 8月 下旬の問にあった. 当年生まれの新成体は7月 下旬以降10月 上旬頃まであらわれるが,9月 以降に出現し た成体がはたして年内に産卵するのか,あ るいはこの頃からの気温低下に影響されてそ 54 宮下和喜 のまま越冬に入るのかを,今 回の飼育結果だけから判定するのはむずかしい.し かし, 4月 初めに野外でスイーピングをすると,数 は多くないが2〜3令 と思われる若令幼体が とれるし,成 体(雌)も とれる.し たがって,秋 の成体は産卵することもあるし,そ の まま越冬に入ってしまうこともありうると思われる. 図2に 示した雌成体の卵のう産出経過 とくに第2グ ループのそれを見ると,卵 のう産 出は6〜8月 に集中している.2令 幼体が最も多く出現してくるのは,産 卵から幼体出の うまでに要する期間(平 均で17.6日)が 過ぎた6月 下旬から8月 中旬にかけてである. そうすると,上の段落で述べた通り,8月 以前の早い時期に出現する幼体は夏までに成体 になるので,年2世 代の発生を経過することになる.一 方,8月 以降に出現する幼体は年 内には成体になれないので,年1世 代の発生となる.当 年生まれの新成体が出現するの は早くても7月 下旬であり,そ の最初の卵のうから幼体が出のうしてくるのは,ほ ぼ40 日後の9月 中〜下旬になる.こ れらの幼体が年内に成体になる可能性は少ない.こ のよ うに,こ のクモの野外個体群は年2世 代を経過するものと,年1世 代を経過するものが 混じり合ったものになっていると考えられる.本 種の雌成体は長生きで,2〜3ヶ 月にわ たって2〜3回 も卵のうを産出する(図2).そ のため,同 じ母親由来の幼体であっても産 卵〜出のう時期の違いによって,年2世 代経過するものと,年1世 代経過するものが生 ずる可能性 もある.Matsumoto&Chikuni(1987)は,上 記と少し実態は違うが,野 外 個体群の中に2つ の違う発生サイクルを持つものが混じり合っているモンシロコゲチャ ハエ トリ3∫π∫c〃5カ3c義gθ7(simon)の例を報告している. 図2に 示したように,体 の大きかった雌を良い餌条件下で飼育した第1グ ループは, 野外採集雌を野外に近い飼条件下で飼育した第2グ ループに比べ,平 均生存期間は約2 倍も長 くなっている.ま た,産 卵回数も1〜2回 多くなっている.し かし,第1お よび第 2卵 のうの卵のう当りの平均卵数を比べてみると,両者でほとんど差が無い.一生の間の 総産卵数は前者の方がかなり多 くなっているが,こ れは良い餌条件によって生存期間が 延びて産卵回数が多くなった結果である,と 思われる.そ れ故,こ れらの数値からする と,実 際の野外での生存期間や産卵回数は第2グ ループのそれらに近いのではないかと 考えられるが,野 外ではいろいろな死亡要因も働 くだろうし,餌 条件がもっと悪いこと もあり得るので,実 際の野外での生存期間や産卵回数,ひ いては一生での総産卵数は, 第2グ ループのそれらをむしろ下廻るのではないかと思われる. 摘 要 1996〜'97年 の2年 間にクロボシカニグモの2令 幼体を飼育した結果,6〜7月 に出の うした幼体は8〜9月 に成体になったが,8〜9月 に出のうした幼体は中〜老令で越冬し, 翌年の4〜5月 に成体になった. 1997年 の5月 から7月 にかけてのいろいろな時期に野外で採集した雌成体を,降 雨や 強風の日には餌を与えない条件下で飼育した結果,平 均84.2日 生存し,この間に2〜3回 卵のうを産出した.1雌 の生存;期間中における総産卵数の平均値は,181.8個 であった. これらの結果にもとずいた考察から,こ のクモの野外個体群は,年2世 代を経過する クロボシカニグモの幼体発育と卵のう産出 55 ものと,年1世 代を経過するものとの混じったものであると考えられた. 謝 辞 国立科学博物館の小野展嗣博士にはこのクモの同定と文献の御世話を戴き,ま た私信 で発生生態についての御教示も戴いた.園 田学園女子大学の田中穂積博士にも文献の御 世話を戴いた.こ こに厚く御礼を申し上げる. 引 用 文 献 k~ 1979, Acta arachnol. 28: 91-95. Matsumoto, S. & Y. Chikuni, 1987. Notes on the life history of Sitticus fasciger (Simon, 1880) (Araneida, Salticidae). J. Arachnol. 15: 205-212. 31 (4) : 133-144. Ono, H., 1988. A revisional study of the spider family Thomisidae (Arachnida, Araneae) of Japan. Nat. Sci. Mus. Monographs, Tokyo (5), i-ii: 1-252.